· 

9.26高山先生の命日 2020年09月27日


9.26高山先生の命日2020年09月27日



9.26高山先生の命日

2020年09月27日(日)1:11 AM

 

 今日9月26日高山先生の命日です、高山先生を記念するために、是非この日で「本質」のセミナーをしようと企画していたのに、緊急中止になりました。偶然ですが、先程、高山先生が入院した病院に、救急車は島田先生を運びました。今は帰宅されたと連絡をいただいて、とりあえず一安心しました。

 

 高山先生ととても不思議なご縁で、先生は亡くなるまで最後の一年間位で、一緒に中国へ講演に行ったり、アロマテラピー研究室を再建したり、ほぼ毎日一時間のテレビ電話(skype)をしたりしました。高山林太郎先生のお陰様で、その一年間私は色んな面で成長しました。そして、アロマの勉強より人生の勉強は多かったです。

 

 「本質」Vol.2とこれから林太郎先生の話についてのお茶会をお楽しみにしている方がいますので、話の内容を少しお控えめにさせて頂きますが、みなさんは想像しやすいように、代わりに類似のことを話しましょう。

 

 お宅の気質で、芸術、文化、歴史が好き、これは私と林太郎先生の共通点ですので、毎日一時間以上お喋りをしても、「あ、今日は特に話することがない」ような時一度もなかった。林太郎先生と会話する時、何回も大学時代とある変人教授のことを思い出した。

 

 二十歳前半の私は急いで成長したかった時代でした。同時に二つの大学を通って、隙間の時間があったら家庭教師とスポーツセンターでバイトをしました。友たちとお茶を飲んだり、映画を見たらする時間は私にとって無意味で贅沢でした、なので友たちも少なかったし、彼氏もいなかった。

 

 中国伝統文化の授業で期末論文を提出しないといけませんでした。皆は政治や、建築など参考資料が多くてポピュラーなテーマを選びましたが、私は情熱いっぱいで中国古典舞踊の発展について論文を書きました。当然、こんな珍しいテーマを選ぶ変人は私だけでした。論文はどうなるのか、その教授は古典舞踊のことがどれくらい知っているのが、心配で仕方がないので、何回も教授と面談しようと思ってアポを取りましたが、約束した時間で喫茶店に教授に連れられてきました。当時中国の喫茶店は普通の学生さんが消費できる場所ではなかったです。一時間位コーヒーの特徴ばかりを話して、私が心配している論文のことを一言も言わなかった。二回目、また別の喫茶店で、今日のコーヒーは前回と違って・・・・・・論文の話はまたしなかった。三回目、ワインをご馳走してくれました。本物のワインの栓の状態はどうだ、ワインガラスの形、ワインがガラスに残る色、ワインの香り、一口飲んで舌の各部位に感じている味そしてその感覚が出る順番・・・・・・また論文の話をしなかった!

 

 その時複雑な心境でした。教授の話は新鮮で、この機会じゃなかったら誰でもわざわざ私にそんなことを教えてくれない。でも大学生の私にとって、何時間で働いた収入はコーヒーいっぱいで消えてしまった、贅沢しすぎる、しかも私は一生コーヒーを飲まなくても全く問題がないのに、何故わざわざここでコーヒーの話を聞かないといけませんか?一番心配しているのはやはり私の論文は合格できるかしら・・・・・・

 

 後で思い出したら、その教授は芸術が大好きな私に教えていたのは自分の感性の磨き方でした。感性を開発しないと芸術の良さを感知できませんし、他人の感想を参考して書いた論文は全く価値が無かったですね。

 

 香りに対して、色彩に対して、形に対して、音楽に対して、歴史事件に対して大事なのは有名人の評判や感覚ではなくて、自分の感じはどうなるのかです。そういう意味で、林太郎先生と一緒にバレエや絵を鑑賞する時、歴史事件と中国の詩を討論する時、私の感性を開発してくれた偉大な先生の一人でした。